お茶

『はじめましての中国茶』(本の雑誌社)

しばらく悩まされ続けている質問があります。

「最近、中国茶に興味を持ったんですけど、全体像が掴めるような、お薦めの本はないですか?」

という質問です。

10年くらい前だと本がバンバン出ていたんですが、最近は出版されるもの自体が極めて少なく。
出版社さんに売れないと思われているのか、既に書くことが無いと思われているのか、あるいは書ける人がいないのか。。。

もちろん、多少は出版されているのですが、目を通して、「うーん。。。」と考え込んでしまうのです。

最近の中国では、お茶はすっかり学問の体裁を整えていて、科学的な根拠や文献調査などに基づき、かなりカッチリした伝え方をしています。

ところが、昔の本は「・・・だと感じる」「・・・らしい」「・・・という説もある」という表現が多く、根拠が乏しかったり。
時代背景もあり仕方ないのですが、多くは耳学問によるものなので、そうならざるを得なかったのです。
最近出版された本でも、その時代の知識を下敷きにしていると、同様の記述になってしまいます。
たとえば、「黄茶の発酵には微生物が関与する」のような、六大分類の根本的なところでトンチンカンな誤りがあったり。

中国や台湾の最新事情を知っていたりすると、日本には上記のような本が多いので、

「勧めたいけど、勧められない・・・」

というのが、正直なところでした。
専門書などでは良い本も出ているんですけど、やっぱり入門者向けではないですし。

「現地の学問としての中国茶をちゃんと勉強した人が(評茶員とか)、日本の事情を良く分かった上で、科学的な部分での間違いが無く、軽いタッチで読める本や教科書的な本を出してくれないかしら」

・・・と、思っていたのですが、今回、そのうちの1つ「軽いタッチ」の方を、かなり解消してくれる本が遂に出ました。

それが、こちらの『はじめましての中国茶』です。

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ただの”タレント本”ではありません

著者は、声優の池澤春菜さん。
このように書くと、「なんだ、タレント本か」的な反応を示される方もいるのですが、さにあらず。

中国のお茶の鑑定資格(取得する際にお茶の科学的な部分を徹底的に叩き込まれる)でも、難易度の高い「高級評茶員」であり、茶藝と文化を学んで、それを実演する資格の「中級茶藝師」を取得されています。

つまり、現地の「学問」的なお茶の世界を、きちんと勉強されています。
これ、結構大きいことです。
高級評茶員は私も取得してますが、まともな機関の養成講座は本当にハードなので・・・

さらに台湾などへも頻繁に足を運んで、現地のお茶に触れていますし、最近の中国茶の動きについても、ある程度フォローされています。

という著者のバックボーンがありつつ、かなり信頼の置ける方に監修までお願いしているバックアップぶりなので、ざざっと目を通して、「これは科学的に間違いだろう」と思うところは、ほとんどありませんでした。
※一部、私と意見の異なるところはありますが、それは基本的に見解の相違で、どちらとも取れる部分です。

これまで、たくさん中国茶を勉強してきた方に会ってお話をしてきた実感なのですが、最初に変な知識を植え付けられてしまうと、その後、知識を積み上げていくのは本当に大変になります。
色々なところで、辻褄が合わなくなってきちゃうので、ヘンテコな理屈を独自に生み出したり、当人も理解不十分なまま、それを広めちゃったり。
「中国茶は、人によって言うことが違う」と良く言われるんですが、そのへんの原因は、こんなところにあったりします。
なにごとも基礎は大事。土台が大切。なのです。

なので、科学的な部分がしっかりしている入門書というだけで、個人的にはもう100点。
Amazonレビューで、迷わず5つ星を付けてあげたいぐらいなのですが、これだけの情報だと何の参考にならないと思うので、もう少し、本の内容を詳しくご紹介します。

 

概略から茶の紹介、茶器、歴史、淹れ方、対談まで網羅

この本は、全部で5章+「おうち茶館のススメ」という、自宅でお茶を楽しもうというカラーページから構成されています。

第1章は、「中国茶とはなんぞや」という章で、お茶とは何か、ということが紹介されています。
お茶の定義だったり、お茶の世界への伝播だったりする、教科書の最初にありそうな部分なのですが、春菜さんらしい柔らかいタッチで書かれているので、専門的な内容であっても、読みやすい感じなのではないかと思います。
この章を読んだ段階で、かなり裏付けしっかり取ってる感じの本だな、という印象を持ちました。

第2章は、「中国茶いろいろ」ということで、六大分類に沿って、著名なお茶を紹介しています。
評茶員の知識がカッチリ入っている方なので、お茶の製法の部分なども一部触れているのですが、ここは結構マニアックな部分まで言及しています。
“本の中身は、読者とのキャッチボール”というふうに考えると、ところどころ、ものすごい剛速球が飛んでくるパートです。
「え、初心者向けなのにそこまで書いちゃいますか!」と思うところも少々ありますが、書いてあることは科学的に間違った部分は無いですし、もう少し詳しく知ろうと思ったら、どこかで必ず出てくる内容なので、まあ初心者向けでも良いのか、とも思います。ちょっとスパルタですけど。
「ここが理解できないからダメだー」と思わないで、「ほー、なんか奥も深そうね」という体で、そのまま読み進めることをお薦めします。

第3章は、「茶器のお話」。
ここは極めて初心者の方向けに、中国茶を淹れるときに使う茶器がイラスト付きで紹介されています。
急須や蓋碗はもちろんですが、グラスだったり、飄逸杯などでも飲めるよ!と紹介されているので、「あ、案外、手軽で良いんだ」と思えるのではないかと。
実は初心者さんにとって、一番役に立つパートなのかもしれません。

第4章は、「偉人たちのお茶会」というパート。
茶の歴史などを勉強すると必ず出てくる著名人が紹介されているのですが、ここは妄想大爆発している感のある部分で、教科書に出てくるような歴史上の難しい人物のはずなのに、非常に軽快なタッチで、活き活きと人物描写をされています。
偉大な茶人が身近に感じられるような、そんなパートです。
陸羽の茶経を、ここまで、ざっくり分かりやすく、普段使いな言葉で表現しているのは初めて見ました。
第2章が、”剛速球”だとすると、ここは”ゆるーいスローカーブ”のような章です。

第4章の後ろに挿入されているのが、「おうち茶館のススメ」。
茶藝の動作を分解しつつ、自宅でお茶をするときはこんな感じでやると良いですよー、という紹介です。
さらに、こんなお茶菓子が合いますよ、ということでレシピも付いています。
カラーページということもあり、日本でも入手しやすい茶葉の写真なども少し出ています。

第5章は、「お茶界の達人たち」という章。
日本で活躍している3人のお茶のプロフェッショナルの方(藤井さん、一芯二葉さん、熊崎さん)に、春菜さんが話を聞く対談コーナーです。
みなさん、茶愛が講じて、プロフェッショナルになった方たちばかりで、そこに春菜さんが鋭い質問で切り込んでいったり、逆に対談している方からツッコミが入ったりしています。
この対談部分はかなり読みごたえがあり、茶愛に溢れた話がたくさんあります。
ここの部分を読むだけでも、価値があるかも!と思います。

と、中身はこんな感じです。
元々はWebの連載を書籍化した本なのですが、想像していたよりも、ずっと文字の分量があり、読みごたえがありました。

 

ツンデレな中国茶を体現した本?

読後の最初の印象は、第2章と第4章のトーンが全く違うので、なんて”ツンデレな本・・・”というものでした。

でも、よくよく考えると、中国茶ってのが、そもそも”ツンデレ”なところがあるものなんですよね。
たとえば、初めて飲むお茶の中には、あまりに個性的な味や香りで、「このお茶有名らしいけど、あんまりお友達になれる気がしないわー」と感じるお茶があったりもします。
ところが、しばらく他のお茶を飲み付けてから、もう1回そのお茶にチャレンジしてみると、ものすごく美味しいなと感じたりすることは良くあります。

そういう、一筋縄ではいかない中国茶を、本全体を通して表現しているのかも、と思いました。

なので、ところどころ、引っかかるところがあっても、是非一度読み通していただいて。
で、時間を置いてまた読み返してみると、全く違う気づきがある。
そんな本なんじゃないかと思います。

『はじめましての中国茶』というタイトル通りに、初心者の方向けの本だと思われがちです。
が、重要なキーワードがあちこちに網羅されている本でもあるので、昔、勉強したという方にとっては、最新の中国茶事情を知り、自分の知識を確認するという使い方もできると思います。

これ一冊で全てが分かるという本ではないですが、結論しては、お茶好きさんは買って損は無い本だと思います。それぞれの経験値に応じて楽しめるポイントがありますので。

 

はじめましての中国茶
著者:池澤 春菜
出版:本の雑誌社
発売:2017年10月19日
ISBN:978-4860114053
定価:1,500円+税

 

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なお、著者の池澤春菜さんといえば、先行して発売されたこちらの台湾グルメガイド。
「何人で行くのがお薦め」など、いろいろ親切設計で、美味しいお店が網羅されています。
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